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安永 正臣 | MASAOMI YASUNAGA

CV
やすなが まさおみ

” 釉薬(ガラス)の焼き物 “

 

釉薬(ガラス)を表現主体においた「焼き物」を制作する。安永ににおいては、主要な素材である「粘土」を外すことが制限ではなく、「陶芸」が技術として一般化される以前の多様なアプローチが可能となる。

大学時代、前衛陶芸集団「走泥社」の星野悟に薫陶を受ける。自由度高く身体を動かすことから、一般化された技術観念を超えて、陶芸とオブジェが交差する創作を生み出している。1982 大阪生まれ、三重県伊賀市 在住。

 

 

《 略歴 》

1982 大阪生まれ
1988 三重県名張市に転居
2006 大阪産業大学大学院環境デザイン専攻 修了
2007 伊賀に工房を設け作陶
2010 滋賀県立陶芸の森にて滞在制作
2011 薪窯を築窯
2013 ARCTICLAY 3rd SYMPOSIUM フィンランド、ポシオにて滞在制作
2014 国立台南芸術大学にて滞在制作

 

 

◆《 個展歴 》

2013
「安永正臣の陶磁器」   うつわ京都やまほん(京都)
「安永正臣やきもの展    やきもの日和」TRIギャラリーおちゃのみず(東京)
「安永正臣陶展」      アートサロン山木(大阪)
「安永正臣やきもの展 砂型による作品、そして」ギャラリーuchiumi(東京)

 

 

2014
「安永正臣[陶磁器Ⅲ部展] 」 ギャラリーやまほん(三重)
「安永正臣陶展」        アートサロン山木(大阪)
「sand dunes」            プラグマタ(東京)
「空‐hollow-」             一票票(台湾)
「骸」           国立台南芸術大学内ギャラリー(台湾)

 

 

2015

「安永正臣 陶磁器展」  うつわ京都やまほん(京都)
「安永正臣陶展」     アートサロン山木
「安永正臣展 谷相での制作と日々の仕事」  wad(大阪)
「安永正臣展」      ギャラリーuchiumi
「安永正臣展」      ギャラリー器館

 

 

2016

「安永正臣展」      うつわ京都やまほん
「安永正臣」       アートサロン山木

 

 

2017

「安永正臣展」      Garb Domingo(沖縄)
「arid landscapes」    プラグマタ(東京)
「安永正臣展」       ギャラリー器館(京都)
「安永正臣展」       ギャラリーuchiumi(東京)

 

 

2018

「オリエントの記憶」   ギャラリーうつわノート(埼玉)
「安永正臣展」      triギャラリーおちゃのみず(東京)
「骸」          原色茶陶suntea(中国)
KOGEI Art Fair 2018   みんなのギャラリー(金沢)
「安永正臣展 虚ろなもの」 wadギャラリー(大阪)

 

 

2019

3月  「物空 Things Empty」   一票票(台湾)
6月  「Masaomi Yasunaga」   Nonaka-Hill gallery(L.A.)
7月  「安永正臣展」        ギャラリー器館(京都)

  

TEXT

知覚のマッサージ
Text by
近藤 亮介(美術批評家)

 

 そのいびつなかたちは最初、地面あるいは砂浜の一部をそのまま切り取って丸めたように見えた。近くで見ると、無数の破片がどうにかまとまって、口を開けている。安永正臣の作品は、「うつわ」にしては不安定すぎるが、かといって「物体(オブジェ)」と呼ぶには見る者の触覚を喚起せずにはおかない。その得体の知れないモノを、さしあたり「やきもの」と呼ぶことにしよう。

 

 「やきもの」は、主に「成形」「本焼き」「彫刻」という三つの工程でつくられる。(1)まず自家調合した釉薬(グレーズ)でかたちをつくる。一般的な釉薬は60%ほど水分を含むが、安永はそれを約25%まで減らし、手捻りできるように工夫した。(21,200度の高温で焼く。窯に入れるとき、脆くて壊れやすいかたちをできる限り維持するために、「やきもの」の周囲は様々な土で補強・支持される。(3)焼成後、かたちを整える。窯から取り出した「やきもの」は、溶けた釉薬と土の混淆体(ハイブリッド)に変化しているため、安永はそこに付着した余分な土を剥がしたり磨いたりして、直観的かつ入念に完成形を探る。

 

触覚を見る

 特別な道具も技術も一切用いないその手法は、ほとんど原始的(プリミティブ)である。釉薬と土と窯と少しの発想さえあれば、縄文人にもできるだろう。しかし、この「少しの発想」こそが「やきもの」に独特の性格を与えている。

 

 すなわち第一の発想は、釉薬の前景化である。よく知られているように、釉薬は通常、最終工程で陶磁器の表面をコーティングする目的で用いられる。加熱されるとガラス質の膜に変化して、陶磁器に耐久性と滑らかさだけでなく色と光沢も付加する。要するに、用と美を高めるために不可欠な素材である。一方、安永は最初の工程から釉薬を用いるため、「やきもの」では皮膜、すなわち表面そのものが構造となる――表面が層をなしているだけの、透明なモノ。

 

 なるほど「殻」「骨」「空虚」といった象徴的な作品名や、祖母の死と息子の誕生という私的な物語から、中身を失ったその形態に死を連想することは容易い。その一方で、表面性=透明性は、見かけ上は現代の視覚を表象しているともいえる。インスタグラムや仮想現実(VR)を持ち出すまでもなく、私たちの日常世界は無数の画像に覆われている。解像度が上がるにつれて現実味も増すと信じられているが、実際画面に映し出されるモノは粒子のように非物質化して、現実から乖離してゆく。というのも、人間の肉眼は、かたちや色だけでなく、質感や温度などの触覚的要素も同時に捉えるからだ。私たちは「やきもの」の中に、自然界の物質とエネルギーが繰り広げる運動の痕跡を感じ取っている。透明でありながら、決して画像へ還元されない「やきもの」は、視覚を再び触覚へ接続する試みといえまいか。

 

自然へ還る

 第二の発想は、逆説的な制作プロセスである。一般的な焼き物は、土を「掘り」、かたちを固定するために「焼き」、釉薬で「装う」という行程を踏む。これは、自然物が作家自身の構想へ近づけられてゆくことを意味する。対照的に、安永の場合は釉薬でかたちを「装う」ところから始まり、かたちを流動させるために「焼き」、土の中から再びかたちを「掘り」出す。この最後の工程は考古学の「発掘」を想起させ、上述した死のイメージと連合して、「やきもの」に人間の一生を超えた時間的スケールをもたらす。

 

 しかしここで留意したいのは、考古学的遺物のもう一つの側面、すなわち「匿名性」である。匿名であることは、自我の発露を前提とする西洋近代の芸術観から逸脱し、畢竟「やきもの」の東アジア的な性格を浮かび上がらせる。もう一度プロセスを反芻してみよう。作家が主体として振る舞うのは、何度でもやり直しが利く塑造的=西洋的な第一工程に限られている。第二・第三工程では、自然が作家に先行する――第二工程において、創造は窯の中の土・火・重力といった自然の原理へ委ねられ、また第三工程は、不可逆条件において木彫と類似し、したがって作家は自然に従うほかない。いや、最後に「発掘」するとき、安永はもはや作家ではなく、もう一人の他者と化している。彼は、自ら主体を放棄することによって自然へ溶け込み、そこに潜むイメージを発見する、いわば媒介者だ。こうして徐々に人の手から離れて自然へ還る途上で、「やきもの」は歪み、砕け、偶然の産物となる。

 

 つまり、透明性と匿名性から見えてくるのは、「やきもの」の共感覚的・東アジア的な性格である。それは「うつわ」として眺めてもいいし、「物体(オブジェ)」として触ってもいい。いずれにせよ「やきもの」と出合うことは、窯の中で釉薬が溶けるように、私たちの凝り固まった知覚をほぐしてくれるだろう。

 

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執筆者

近藤 亮介  |  美術批評家

1982年大阪市生まれ。ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン美術学部卒業。日本学術振興会特別研究員、ハーバード大学デザイン大学院客員研究員(フルブライト奨学生)を経て、東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。専門は美学芸術学・ランドスケープ史。

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